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古代の知恵
ブラックシードの歴史

ブラックシードとブラックシードオイルは薬効作用があることで世界中において知られています。特に中東、北アフリカ、アジア亜大陸、極東地域などでは伝統医療においてよく用いられてきました。古代宗教においてもブラックシードに関する資料が見つかっており、イスラム文学では、最高の治療法との記述もあります。

旧約聖書イザヤ書(紀元前8世紀)

イザヤ書(28章25、27節)の中でブラッククミンシードに関する記述がありますが、ブラックシードシードに関する記述としてはこれが歴史上最初のものと考えられています。

その記述の中で、預言者イザヤはブラッククミンの刈り取りについて記しています。原語はヘブライ語の「ketsah」ですが、これがニゲラサティバ(ブラックシード)を指していたのは明らかです。

古代エジプト人(紀元前13世紀)

古代エジプトの記録によるとクレオパトラはブラックシードオイルをお風呂に用い、ネフェルティティはスキンケアに使っていました。さらにツタンカーメン王付きの医師はブラックシードを患者の咳の緩和に用いており、ツタンカーメン王の墓からもブラックシードが見つかっています。こうしたことから、古代エジプトにおいてブラックシードが重要な役割を果たしていたのは明らかです。

ギリシャの古代医療(紀元1世紀)

紀元1世紀のギリシャの医者はブラックシードを様々な方法で使っていました。頭痛、鼻づまり、歯痛、腸内寄生虫などの治療に用いていたと記録されています。またヒポクラテスは倦怠感や脱力感に苦しんでいる人たちの自然療法としてブラックシードを用いていました。さらには生理を促したり母乳の出を良くするための利尿剤として使われていたとの記録もあります。

アヴィセンナ(西暦980年〜1037年)

アヴィセンナは自身が著した「The Canon of Medicine」(医学典範)の中でブラッククミンシードについて「身体のエネルギーを刺激し、疲労回復を助けてくれる」と記しています。

ニゲラサティバ(ブラックシード)はブラッククミン、フェンネルフラワー、ナツメグフラワー、ブラックキャラウェー、ローマンコリアンダー、ラブインザミストなど世界中で様々な名前で呼ばれています。